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東京地方裁判所 平成2年(ワ)12748号 判決 1992年8月27日

札幌地裁平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)被告 札幌地裁平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴原告 曽田正雄

右訴訟代理人弁護士 森保彦

平成二年(ワ)第一二七四八号事件原告 札幌地裁平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)被告 草野哲

右両名訴訟代理人弁護士 梶原正雄

同 梶原洋雄

平成二年(ワ)第一二七四八号事件被告 札幌地裁平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告 札幌地裁平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴被告 札幌地裁平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告 櫻田能久

右訴訟代理人弁護士 田中敏滋

右訴訟復代理人弁護士 林勘市

主文

一、平成二年(ワ)第一二七四八号事件被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告櫻田能久は、平成二年(ワ)第一二七四八号事件原告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)被告草野哲に対し、金四億一二九一万一八七五円及び内金三億六五九七万五〇〇〇円に対する平成二年四月一五日から支払い済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

二、平成二年(ワ)第一二七四八号事件被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告櫻田能久は、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴原告曽田正雄に対し、金四〇八九万七四二三円及びこれに対する平成二年四月二七日から支払い済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

三、平成二年(ワ)第一二七四八号事件被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告櫻田能久の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用は全部平成二年(ワ)第一二七四八号事件被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告櫻田能久の負担とする。

五、この判決は第一、二項にかぎり仮に執行することができる。

事実及び理由

第一、請求

一、平成二年(ワ)第一二七四八号事件

主文第一項と同旨。

二、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)

札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴原告曽田正雄(以下「曽田」という。)は、平成二年(ワ)第一二七四八号事件被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)反訴被告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)原告櫻田(以下「櫻田」という。)に対し、金五億円及びこれに対する平成二年四月二七日から支払い済みまで年一五パーセントの割合による金員を支払え。

三、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)

主文第二項と同旨。

四、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)

平成二年(ワ)第一二七四八号事件原告、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)被告草野(以下「草野」という。)は、櫻田に対し、金九億円及びこれに対する平成二年四月二七日から支払い済みまで年一五パーセントの割合による金員を支払え。

第二、事案の概要

一、1. 平成二年(ワ)第一二七四八号事件は、草野の櫻田に対する元本金四億円の貸金(この貸金は、草野が訴外たくぎんキャピタル株式会社(以下「たくぎんキャピタル」という。)からの借入金を櫻田に転貸したものである。)の元利金残金の支払請求である。

2. 札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)は、曽田が草野と共に、たくぎんキャピタルから金一〇億円(右の草野の金四億円とは別の借入金である。)を借りた際の連帯保証人である櫻田が事前求償権に基づき、主債務者である曽田に対し右借入金残金と同額の金員の支払いを求めたものである。

3. 札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)は、曽田が櫻田の連帯保証のもとに、たくぎんキャピタルから借りて櫻田に転貸した金一〇億円(櫻田が事前求償権を行使している右2の借入金と同じ借入金である。)の残元本内金の返還請求である。

4. 札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)は、草野が、たくぎんキャピタルから金四億円及び金一〇億円(櫻田に対する転貸資金となった右1及び2の借入金と同じ借入金である。)を借りるにあたり、連帯保証をした櫻田が、曽田と共に主債務者である草野に対し、事前求償権に基づき、右各借入金残金と同額の金員の支払いを求めたものである。

二、争いのない事実

1.(一) 草野は、平成元年三月一五日、たくぎんキャピタルから金四億円を借り、同日これを櫻田に転貸した。櫻田は、たくぎんキャピタルに対し、草野のこの借入金債務につき連帯保証した。

(二) 草野は、金四億円の転貸にあたり、月額金一〇〇〇万円の割合による平成元年四~六月分の利息計金三〇〇〇万円と手数料金八〇〇万円の合計金三八〇〇万円を天引きして残金を櫻田に交付した(そうすると交付された金額は金三億六二〇〇万円となるが、櫻田は、さらにこの他に諸経費として金七〇〇万円が天引きされたので手取り額は金三億五五〇〇万円であったと主張した)。

(三) 櫻田は草野に対し、平成二年四月一四日と同月二一日の二回にわたり各金四八〇万円合計金九六〇万円を支払った(本件の利息の支払に関する双方の主張を斟酌すると、これは利息金の支払であると認められるが、草野はそれを承知しつつ、本訴請求金額算出にあたってはあえて元本返済に組み入れている)。

2.(一) 曽田と草野が連帯債務者となって、平成元年四月二六日、たくぎんキャピタルから金一〇億円を借りて、曽田と草野が連帯債務者となって、同日これを櫻田に転貸しし、櫻田は、たくぎんキャピタルに対し、草野と曽田のこの借入金につき連帯保証した。

(二) 金一〇億円の貸付けに際して、曽田は、少なくとも平成元年五~七月分の利息金五一〇〇万円を天引きした(櫻田は、曽田らがたくぎんキャピタルから交付を受けたのは金九億七二三六万三〇一四円であったが、これから三か月分の利息金五一〇〇万円だけでなく手数料金二〇〇〇万円も天引きされ残金九億一三六万三〇一四円が交付された、と主張し、曽田は当初は右手数料金二〇〇〇万円の天引きを認めたが、後に撤回して否認し、櫻田は曽田らに対して手数料金二〇〇〇万円の支払を約していたが、約旨に反してこれを支払わなかったのであって、一旦その天引きの事実を認めたのは錯誤によるものであった、と主張した)。

(三) 櫻田は、平成二年二月一九日、たくぎんキャピタルに対し、金五億円を返済した(曽田は櫻田に対する金一〇億円の貸金からこの金五億円を元本内金の返済があったものとして差し引いている)。

三、利息の支払

櫻田は、第二の二1(二)及び同2(二)記載の天引きによる支払の他に次のとおり利息を支払ったと主張し、草野及び曽田はこれを争った。

1. 金四億円の借入金に対しては、月額金一〇〇〇万円の利息を支払うとの約であったので、平成元年七~一〇月の各月分として各金一〇〇〇万円合計金四〇〇〇万円の利息を支払った(第二の二1(三)の金九六〇万円はこの中に含まれている)。

2. 金一〇億円の借入金に対しては、月額金一七〇〇万円の利息を支払うとの約であったので、平成元年八~一〇月の各月分として各金一七〇〇万円合計金五一〇〇万円の利息を支払った(このうち天引き後の第一回の支払利息金一七〇〇万円の授受については争いがない)。

四、草野代理人渡辺に対する根回し料の支払

櫻田は草野の代理人である渡辺照久(以下「渡辺」という。)に対し、次のとおり、札幌ハマナスリゾートゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)の取得と開業の準備のための根回し料として合計金七億五八〇〇万円(以下「本件根回し料」という。)を支払ったと主張し、草野と曽田はその支払を争い、かつ渡辺の代理権を否定した。

1. 金四億円の借入れの当日に金三億二八〇〇万円。

2. 平成元年四月二七日に金一億八〇〇〇万円、同月下旬に金一億円、同年五月ころ金八〇〇〇万円、三〇〇〇万円及び四〇〇〇万円の計金一億五〇〇〇万円の、合計金四億三〇〇〇万円。

五、要素の錯誤と表見代理についての櫻田の主張

櫻田は次のとおり主張した。

(一)  本件の四億円と一〇億円の貸金は、櫻田が本件ゴルフ場を取得して開業するための必要資金総額金五〇億円(後に金五五億円に増加)全部を草野と曽田が融資するとの約束の下に、まず実行されたものであるところ、櫻田は草野から求められるままに、右ゴルフ場開業等のための根回し料として、その代理人渡辺に対して、第四項記載の金員を支払ったのであったし、また直接に草野に対して高い利息を支払ったのであった。しかし草野と曽田は約旨に反して、残りの融資を実行しなかったために、櫻田は、一旦は取得した本件ゴルフ場を手放さざるを得なかった。もし草野と曽田が本件ゴルフ場の取得と開業のために全面的に資金援助するのでなければ、本件根回し料や利息を支払うことはなかったのである。したがってこれらの支払いの合意は要素の錯誤により無効である。とすると草野は法律上の原因なく櫻田の損失において、第二の三及び四の支払利息と根回し料の合計金八億四九〇〇万円の利益を得ていることになり、櫻田は曽田と共に連帯債権者である草野に対して同額の不当利得返還請求権を有するところ、平成四年七月一六日の本件口頭弁論期日において、これを自働債権として、草野及び曽田の貸金債権と対当額にて相殺したから、草野及び曽田にはもはや残金請求権はない。

(二)  草野と曽田が主張するように渡辺が草野の代理人として根回し料を受領する権限がなかったとしても、草野は櫻田に対して、渡辺が草野の代理人であると告げていたので、櫻田はそれを信じていたし、そう信ずることについて過失はなかったから、渡辺が受領することによって草野自身が受領したのと同じ効果が生じた。

六、主たる争点

1. 平成二年(ワ)第一二七四八号事件と札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)の主たる争点

(一)  第二の三の利息金と同四の根回し料の支払の有無。

(二)  第二の四の根回し料受領についての渡辺の代理権の有無及び代理権がないとした場合の表見代理の成否。

(三)  第二の三、四の利息金と根回し料の支払に関する要素の錯誤の有無。

2. 札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)と札幌地裁平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)の争点

草野と曽田は櫻田の事前求償権の行使に対して、民法四六一条一項による担保提供を求めたのに対して、櫻田はその所有にかかる札幌市白石区厚別西五条五丁目七一〇番一〇二の宅地他六筆の不動産について抵当権の設定を申し出たが、これが担保の提供として相当かどうか。

第三、争点に対する判断

双方の主張を吟味し、〈証拠〉を慎重に検討して次のとおり判断した。

一、渡辺の代理権の有無と表見代理の成否

渡辺が草野の代理人として、根回し料を受領する権限を有していたことの証拠は、櫻田本人尋問の結果以外には何もない。如何に根回し料等という不自然な金員の受領に関するものとは言え、総合計金七億五八〇〇万円もの大金の受領代理権を認めるには、右証拠だけでは到底不十分である。

櫻田は、草野が甥である渡辺に本件ゴルフ場関連の全ての事柄についての草野の代理人であることを櫻田に告げた、と主張したが、これまたその証拠は櫻田本人尋問の結果以外にはない。特別の事情がないかぎり、これだけの証拠だけで金八億円近い金員の受領のための代理権を授与したとの表示があったと認めるわけにはいかないし、本件においてはそのような特段の事情があったと認めるに足りる証拠は存在しない。櫻田本人尋問の結果中には、櫻田は金員交付の都度、電話等で草野に確認したとする部分があるが、もし櫻田主張のように草野が櫻田に対して渡辺が代理人であることを通知していた事実があるとすれば、このような度重なる確認はかえって不自然である。かくして代理権授与の表示があったと認めることもできない。

もっとも櫻田が草野の代理人である渡辺に支払ったとする根回し料のうち、額面金六一〇〇万円の預金小切手(甲二一の四枚目)はその裏書の記載を見ると北一電設株式会社(以下「北一電設」という。)が取り立てに回しており、北一電設の代表者である武田徳夫(以下「武田」という。)は草野と関わりのある者であるが、武田証言によれば、右小切手は武田の櫻田に対する貸金の弁済として受領したものであるとする部分があり、その前後の経緯から不自然な点がないでもなく、結局この金が草野の手に渡ったとの疑いも全くないわけではない。同様に同じく櫻田が草野の代理人である渡辺に支払ったとする根回し料のうち額面金三七〇〇万円の預金小切手(甲二一の六枚目)は、曽田が主宰する曽田産業株式会社(以下「曽田産業」という。)が取り立てに回しており、証人中川喜一(以下「中川」という。)の証言によれば、まず中川が櫻田から貸金の返済のために受領した上で、中川が曽田産業に対する借入金の弁済のために交付したとのことである。これまた結局は曽田産業の手に渡っている。中川証言にも不自然な点が全くないわけではなく、その全てを無条件に信用するわけにはいかない。しかし櫻田、渡辺、武田、中川、草野、曽田らのそれぞれの相互間には、金銭を巡って極めて複雑で込み入った関係がある模様であり、武田証言や中川証言を直ちに措信できないとするわけにはいかず、その証言のとおりの取引もあり得ることも否定できない。いずれにしろ右二通の預金小切手が最終的に草野又はその関係者らの手に渡った可能性を否定できないとしても、金八億円に近い根回し料の受領代理権を渡辺が有していたとは認められない、との判断を覆すには足らない。

二、利息金の支払の有無

櫻田が主張する天引き以外の支払利息の合計額は金九一〇〇万円であるが、このうち金九六〇万円と金一七〇〇万円の合計金二六六〇万円の授受については争いがないので、残りの金六四四〇万円の授受について判断する。

この点に関する書証は乙一一号証の1~3の領収書である(乙一一号証の4は金四億円の貸付の際の天引き分の領収書であり、乙一一号証の5は金一〇億円の貸付の際の天引き分の内の草野取分の領収書であり、乙一一号証の6は金一〇億円の貸金に対する天引き後の第一回の利息金一七〇〇万円のうちの草野取分の領収書であるから、いずれも争いのないものに関する。なお金一〇億円に対する月額金一七〇〇万円の約定利息のうち金四〇〇万円は草野の取分であり残りが曽田の取得分と合意されていた)。

乙一一号証の1~3は、金四億円の貸金に対する天引き後の第一・二・三回分各金一〇〇〇万円合計金三〇〇〇万円に対するものである。しかしこの三回の月払い利息はいずれも現金で支払われたのではなく、その支払のために有限会社三愛振出の額面金五二〇万円と額面金四八〇万円の約束手形各二通ずつと額面金一〇〇〇万円の約束手形一通が交付されたのであった。このうち額面各金四八〇万円の約束手形二通はその満期である平成二年四月一四日と同月二一日に決済されたが(甲二六・二七)、額面金五二〇万円の手形は満期日である同年四月二七日に支払を受けるために支払場所である北海信用金庫月寒支店に呈示されたが資金不足を理由に支払われず(甲三)、額面金五二〇万円のもう一通の手形は呈示されず草野の手元にあって支払われていない(甲四)。残る額面金一〇〇〇万円の一通の手形は、甲二五号証の手形と差し替えられたが、この差し替え後の手形は支払われていない。差し替え前の額面金一〇〇〇万円の手形が決済できなかったので、平成元年一一月に、櫻田は金一〇億円に対する二回目の月払い利息金一七〇〇万円と金一〇〇万円をこれに加えて額面二八〇〇万円として草野に交付して金一〇〇万円を追加借りしたのであった(以上の事実は甲四〇、草野本人、証人正入木によって認める)。このような次第であるから乙一一号証の1~3の領収書は、争いのない金九六〇万円の支払以外の利息の支払を証明する資料とはならない。

乙一一号証の1~3以外には櫻田主張の利息の支払を証する資料は櫻田本人尋問の結果以外には存在しないが、櫻田本人尋問の結果だけでは、その支払を認めるには足らない。結局争いのない金九六〇万円と金一七〇〇万円以外には、被告主張の利息支払(天引き分を除く)の事実を認めることはできない。

三、要素の錯誤の有無

それが法律上の義務であるかどうかは格別としても、本件ゴルフ場の取得と開業のために、草野と曽田が櫻田に対し資金の面倒をみることが予定されており、櫻田もこれをあてにしていたことは認められる(証人矢尾)。本件の金四億円と金一〇億円の二口の貸金は、それを本件ゴルフ場取得開業資金の一部にあてるために実行されたのであった。しかし利息は与信又は融資に対する対価であり、本件の利息も現実に実行された金四億円と金一〇億円の二つの貸付けの元本に対して支払われたのであって、櫻田も現実に実行された貸付金に対する利息と認識して支払ったのであるから、そこには錯誤の入り込む余地はない。支払われた利息が高額に過ぎる場合の解決は、利息制限法によるのが普通である。制限超過の支払利息を元本弁済に組み入れることによって解決されるのである。当初の目論見通りの事業を成功させるために融資等の方法により、全面的に資金援助を行う予定であったにもかかわらず、何らかの都合によって追加融資等が実行されなかったために、融資等による資金援助を受けるべきであった者が何らかの損害を受けることがあり得る。そのような場合において、もし追加融資をなすべき義務があったにもかかわらずそれを怠ったのであったとすれば、その損害の賠償を請求できることがあり得よう。しかしそうではなく既に実施された貸金の利息をそれと承知して支払ったにもかかわらず、思い違いがあったことを理由にその返還を求めることができるとするためには余程の事情がなければならないが、本件にはそのような特別な事情の存在を認めることはできない。

もっとも櫻田は、その支払を主張する合計金九一〇〇万円の利息だけではなく、合計金七億五八〇〇万円の根回し料も含めた総計金八億四九〇〇万円もの大金を支払ったのは、草野と曽田が本件ゴルフ場取得とその開業のために全面的に面倒をみるとの前提であったからであると主張した。そのようなことはあり得ないことではない。しかし前認定のとおり、仮に櫻田がその主張のとおりの根回し料を渡辺に支払ったとしても、それが草野と曽田に帰したということはできないから、そのような評価をすることはできない。のみならず、もし草野と曽田が追加融資をしないために、櫻田が取得しかけた本件ゴルフ場を手放さなければならない羽目になり、そうなると多額の損失を被ることになるというのであれば、その旨を事前に連絡するのが自然と思われるが、櫻田がそのような警告をした形跡はない。たしかに「たくぎんキャピタル」又はその親会社である北海道拓殖銀行からの追加融資は困難な状況となっていた模様である。しかし櫻田が草野に対し、平成元年の年末に金五億円を支払わなければならないことを告げたために、草野と櫻田は協議し、その支払先である湯浅観光商事株式会社(以下「湯浅」という。)と交渉して年末に支払うべき金額は三億円に減額して貰うこととし、そのうちの一部は櫻田が自己資金を以て賄うことを前提に、草野はとりあえず櫻田に金一億五〇〇〇万円又は金一億円を追加融資したのであった(草野本人。櫻田はこのときの借入額は金一億円であると主張した)。ところが櫻田は草野又は曽田に相談することなく、本件ゴルフ場を取得するという当初の計画を変更して方針を転換し(或いは湯浅から譲渡を受けることを約した権利に瑕疵があることを知ったために当初の計画を断念して)、平成二年一月一九日、野上淳司に本件ゴルフ場所有会社の株式を金五一億円で転売することにより(甲三四~三七)、湯浅からの買収代金三〇億円との差益金二一億円を取得したのであった(櫻田本人)。櫻田は、本件ゴルフ場を取得して開業することは断念したけれども、次善の策としてそれを転売することにより、損失を被るどころか莫大な利益を得たのであった。ところが櫻田はその後もなお「たくぎんキャピタル」の矢尾に対し、株式会社ランデックスコーポレーション名義の金五五億円の融資承諾書(甲三四)を示すなどして(乙一三の三三項)、何故か殊更転売の事実を秘匿して本件ゴルフ場取得計画が継続中であることを装っていたのであった。一方転売の事実を何も知らない草野らは、矢尾が紹介したノンバンクである東京抵当証券信用株式会社(略称して東京マック)からの融資の条件である大手建設会社の保証を取りつけるべき、平成元年の年末から平成二年一月にかけて、松井建設株式会社、不動建設株式会社、岩田建設株式会社(札幌)等に対し、(ゴルフ場造成工事を請負わせることを条件に)順次その依頼を続けていたのであった(甲四〇、草野本人)。そうすると櫻田は草野又は曽田からの資金援助が不能となったことが確定する以前に、既に追加融資の対象である本件ゴルフ場取得を断念してしまったのであるから、草野又は曽田が本件ゴルフ場取得開業のために応援するという約束に違反して、資金援助をしなかったという前提は崩れてしまうのである。のみならず計画された事業は必ずしも当初の目論見通りにはいかすに、紆余曲折を経て変更を余儀無くされるのがむしろ通常であるが、本件ゴルフ場の計画も結局は中止されたものの転売により多額の利益を獲得することはできたのであった。それまでに授受した金員があれば、それを協議により清算して利益と共に再分配することが合理的である場合があり得ても、それ以前の支払合意が全て無効となるとは通常は考え難い。こうしていずれにしても要素の錯誤は認められない。

四、担保の相当性

民法四六一条一項により提供すべきものとされている「担保」は、同条二項とあわせて読むときは、弁済供託にも匹敵する確実なものであって、求償権行使の相手方の免責を間違いないものとするものでなければならないが、櫻田が抵当権設定を申し出た不動産には、既に被担保債権額合計金五億四五〇〇万円の二つの確定抵当権と極度額金一〇億円の根抵当権が設定されており(乙三三~三九)、櫻田は目的不動産の価額が被担保債権額を超えることを立証しないし、弁論の全趣旨からするときは、負担額を超える価値があるとは考え難い。この程度の担保を提供しただけでは、櫻田は事前求償権を行使することはできない。

第四、結論

平成二年(ワ)第一二七四八号事件の草野の請求は全部理由があるが、札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一二一五号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)と札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一六一〇号事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)の櫻田の請求は全部理由がない。

札幌地方裁判所平成二年(ワ)第一五六二号反訴事件(平成三年(ワ)第二九二九号事件)の曽田の請求は内金請求であるから請求金額の範囲内では全部理由があるが、一旦は自白した手数料金二〇〇〇万円の天引きについて、その自白が錯誤によることについては立証不十分であるので右天引きがあったことを前提としてする他なく、とすると金一〇億円の貸金元本残金は別紙による計算のとおり金五億二九四五万五四九八円となる。よってその内金請求として認容する。

(裁判長裁判官 高木新二郎 裁判官 佐藤嘉彦 釜井裕子)

〈以下省略〉

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